データ設計をしているとき、選択肢に「その他」を入れたら負け、というゲームをやってみたいと前から思っている。
冗談のようだが、わりと本気の話だ。
「その他」は思考停止のサイン
区分やカテゴリを設計するとき、「その他」を置くのは簡単だ。
想定しきれないものは、とりあえず「その他」に放り込んでおけばいい。これで漏れはなくなる。
けれど、その安心感は曲者だと思う。
「その他」があると、本来は分類すべきだったものまで、つい流し込んでしまう。
考えるのが面倒なものの逃げ場所になるのだ。
結果として、しばらく運用したあとに「その他」の中身を覗くと、まったく性質の違うものが雑多に同居している、ということが起きる。
後から効いてくる負債
問題は、それが後から効いてくることだ。
集計しようとすると「その他」が無視できない塊になっていて、中身を分けたくなる。
けれど、すでに大量のデータが「その他」として登録されてしまっているから、後から綺麗に振り分けるのは骨が折れる。
そもそも、なぜそれが「その他」になったのか、登録した本人にも分からなかったりする。
最初に少し踏ん張って分類を考えておけば防げたものが、技術的負債として積み上がっていく。
それでも「その他」が要るなら
もちろん、現実には「その他」をどうしても置きたくなる場面はある。
世の中のすべてを事前に列挙するのは不可能だからだ。
ただ、そのときは「これは思考の逃げではないか」と一度立ち止まりたい。
本当に分類しきれないのか。それとも、考えるのが面倒なだけなのか。
その自問をするかどうかで、半年後のデータの綺麗さはずいぶん変わってくる気がしている。
「その他」を入れたら負け。
そう自分に課しておくくらいで、設計はちょうどよく引き締まるのだと思う。